nicesliceのブログ

『こうあらねば』をやめたら、子育てはもっと楽しい。

妖怪ニセおしっこ小僧のこと

妖怪ニセおしっこ小僧をご存知だろうか。
ご存知ないと思う。
私が作った妖怪だからだ。

先日、実家に帰った際、夜食に梨が出た。
それを食べる4歳の娘に、父が言った。
「おねしょしないでね」
梨には利尿作用がある為、何の気無しに笑いながら言った言葉である。
しかし私は内心、「(やっちまった!!)」と思った。

私は、言葉によるマイナスの暗示の存在を信じている。
「〇〇するな」と言うことで、その〇〇に意識が向かい、『〇〇してはいけない、〇〇してはいけない』と思い続けることにより結果的に〇〇してしまう、というものだ。
つまり、「空振りするなよ」と言えば空振りの確率が上がり、「こぼすなよ」と言えばこぼす確率が上がるのだ。
ミスというものは、わざとするものではない。
するなと言われても、どうして良いか分からない。
「バットをしっかり握って、腰を落として!」だとか、「コップを両手で持って、ゆっくり運んで」と具体的にプラスの言葉で伝えた方がミスを防げる可能性が高くなる。

ましてや、排泄というのはメンタルに非常に左右される。
「漏らしてはダメだ」と思うと尿意を覚え、「近くにトイレがない! しかもここは密室だ!」と思うと急にお腹が痛くなるものである。
だから、私は娘のトイレトレーニングは、メンタル面からの悪影響を受けないよう細心の注意を払ってきたつもりであった。
漏らしても叱らない、『まだ無理だ、お互いにストレスだ』と感じたらすぐに中止する、本人のやる気が出る時期を待つ、といった具合に。
特に、n 時間ごとにトイレに誘う、絞り出し方式でのトイレトレーニングはしないように心がけていた。
短時間隔で、尿意を感じていないのにトイレに誘って絞り出させてしまうと、『尿が膀胱に溜まる → 尿意を感じる → 排泄する』の自然な流れが身につかない上、膀胱の容量が発達せず、夜におねしょをするようになる、と読んだからである。
そう、子供と言えど、尿意を感じていないのにトイレに行く必要はないのである。
尿意を感じずに排泄をしてしまうとしたら、まだオムツをしていて良いのだ。

結局、娘と私が本気を出してオムツを外したのは、幼稚園に入園する直前であった。
「オムツバイバイ出来たら浮いたお金でプリキュアのおもちゃ買ってあげるよ」と物で釣ったのだ。
娘にしてみたら、十分快適なオムツを外したい理由など特に無いのだから。
そのせいか、はたまた本人の資質か、娘はおしっこの間隔がよく開き、おねしょも滅多にしない素晴らしいトイレマスターとなってくれた。

そこにきて、父の言葉である。
それにより娘の中で

『梨を食べてしまった = おねしょする』
『おねしょ = いけないこと』

の図式が出来上がってしまった。
可哀想に、その夜娘は、布団に入り眠ろうとすると、「トイレ行きたい」と起きる、戻ってきてまたウトウトすると「トイレ行きたい」と起きる、のループに陥り、その間隔は眠さが強まるに従い狭くなり、最終的に、トイレに行く → 戻る → 一瞬布団に入る → またトイレに行く、というひどい状態になってしまった。
「眠いのにおしっこしたい、おねしょするのこわい」と泣く娘が不憫でならなかった。
「梨くらい食べてもおねしょしないよ。
 ていうかおねしょくらい、いくらしても良いよ、何にも問題ない。
 そしてさっきトイレ行ったし絶対大丈夫」
といくら伝えても無駄だった。
父にも事情を話し、直接同じようなことを言って説得してもらったが無駄だった。
結局その夜は、「じゃあ、もう朝まで一緒に起きていよう」と私が言い、リビングでテレビを観ていたらやがて寝た。
翌日も、翌々日も全く同じ状態であった。
そのまた次の日、またも寝る前のトイレラッシュに陥った時、私は言った。

「ねぇ、妖怪ニセおしっこ小僧って知ってる?
 さっき、あなた『おしっこしたい』ってトイレ行ったけど、一滴も出なかったんでしょう?
 それ、妖怪ニセおしっこ小僧の仕業だよ。
 ほんとうはおしっこが溜まっていないのに、おしっこしたいな〜って思わせる妖怪だよ。
 実は私もずいぶん大人になるまでニセおしっこ小僧に取り憑かれていたんだ」

と。
そう、私も子供の頃から「おねしょはダメ! 絶対!」と強く思いつづけ、大人になってからもかなりトイレが近い人間であったのだ。
娘は半信半疑であったが、私が

「このニセおしっこ小僧め!
 あっちへ行け!
 私の大事な〇〇ちゃんから離れろ!」

と言いながら、娘のおしりをパッパッと払うマネをし、これで大丈夫だよ、と言うと安心したのか、やっと怒涛のトイレラッシュは終わり、寝てくれた。

それから半月ほど経つが、娘はまだ、完全には元の状態に戻っていない。
寝る前のトイレラッシュこそないものの、一回トイレに行ったのに、布団に入るとまた「おしっこしたくなっちゃった」と言うことが頻繁にある。
その度、「ニセおしっこ小僧の仕業だよ」というと納得するのであるが、まだ、尿意がフィジカルによる制御よりメンタルによる制御に偏っているのだと思う。
心配である。
本当に、マイナスの暗示というのは、掛けるのは一言なのに外すのはとても大変である。

  

niceslice.hatenablog.com

 

総員玉砕せよ! (講談社文庫)

総員玉砕せよ! (講談社文庫)

 

 

うらやましいぞ、埼玉!

夏休みの間、今話題の埼玉県に何日か滞在していた。
何かと揶揄されることの多い埼玉であるが、小さい子供を遊ばせるには実に良い環境だよなぁと思う。
まず、何もかもが大きい。
駐車場も、レストランも、トイレすらも、土地を贅沢に使用し広々としている。
そして子供を遊ばせるスポットがどこも安くて広くて空いている。
東京で、波の出るプールや流れるプールを備えた大きな施設に行こうと思えば、まず遊園地を想定する。
そして何千円も払い、芋洗いのような殺伐とした環境で遊ばせるのだ。
一方埼玉には、公益財団法人の運営する大きなプールがいくつもある。

www.parks.or.jp


波のプールも、流れるプールも、チューブスライダーもある。
入場料はたった数百円である。
そして休日であってもそれほど混んでいない。
信じられない!!
うらやましい!!

緑豊かな大きな公園もたくさんある。
森の中のアスレチックや水遊び場を備えた、とある有料の公園(それでも数百円である。安い!)では、娘は謎解きオリエンテーリングに挑戦していた。
一日遊んで既に夕方であったため、どうせ途中で疲れて歩けなくだろうと思っていたら、スタートからにわかに元気になり、「元気、モリモリー!」などと叫びながら駆け足でチェックポイントを巡り、問題文も自分で読んで答えも考え、とうとう最後までクリアーしてしまった。
「〇〇ちゃん、やりとげた!
 たっせいかん、ゲットー!」
と言いながら笑顔でゴールに飛び込んでいった。
すぐに疲れたと言い歩けなくなる娘が、こんな根性と体力を隠し持っていたのか!!

そして、実は埼玉には温泉も多くある。
かつて、掘削技術が進み、ある程度掘っていくと結構どこでも温泉湧くよね、という流れでたくさんの温泉が掘られた時代があったという。
そんな新興の温泉が、埼玉にはいくつもある。
中には、温水(温泉?)プールを備えた施設もあり、子供連れには嬉しい。

最近電車に興味津々の息子が大きくなったら、てっぱくにも連れて行きたい。

www.railway-museum.jp

なんだ、わざわざ遠くまで旅行に行かなくても、振り返ればすぐ近くに、こんなに楽しい広大なエリアがあったではないか。

考えてみれば、埼玉が『ダサいたま』などと呼ばれていた時代、反対に『ナウかった』のは何処だろう?
渋谷? 原宿? 新宿? 銀座?
今、それらの地名を言われても、『ナウい』とか『格好いい』とかという気は、余りしない。
今格好良いのが、都心のナイトプールでSNS映え映え〜する写真を撮ることだとしても、私のようなおばちゃんからしてみたら、「一周回ってなんかダセェ」などと思ってしまう。
歳をとると若者の流行がこのようにアホらしく見えるのだろうか。
我々の親達も、かつての我々がやれ竹下通りだ明治通りだと言っているのを見て、「こんな極東の島国で、やんややんやと却ってダセェ」と思っていたのかもしれない。
思えば、通信インフラの整ったこの21世紀に、地名によってダサい/格好良いを判断するという思考自体が、既に古いように思う。
前世紀的である。
コンテンツビジネスの中心が東京であるという時代でもない。
かつて東京とナウさ華やかさの象徴であった、テレビというメディアは、若者から見離されて久しいという。
そして現在の若者が観ている Youtube では、地方の Youtuber が多く活躍しているらしい。
考えてみれば、彼らには大きなスタジオも編集スタッフも沢山の出演者も必要ないのだから、東京で制作する必要はないのである。
また、今話題の京都アニメーションは、都心から離れ、地方で丁寧に人材を育生することで成功したと聞く。

もう、東京にしがみつかなくても良いのではないか?
多くの人が地方や在宅で働くためのインフラは、十分整っているように思う。
障壁になっているのは、『組織に属して通勤して一つ所に集まって勤勉に働くこと』を美徳とする意識だけなのではないか?
台風が来ると分かっているのに、大地震で交通網が混乱しているのに、それでも何とかして会社に辿り着こうとする、そうする姿勢を見せることが組織への忠誠であるとする考えは、異様なものにすら思える。

シータは言う。

ラピュタがなぜ滅びたか、わたしよくわかる。
土に根を下ろし、風とともに生きよう 種とともに冬を越え 鳥とともに春をうたおう。
土から離れては、生きられないのよ。
(抜粋)

かつて、とある埋立地にそびえ立つコンクリートの塔に、私は通っていた。
地下鉄に乗り、海に掛かる橋をいくつも渡り、浮島ではないのにゆらゆらと酔うようなその都市は、今思えば、飛行石で空に浮かぶ天空の城のようであった。

 

 

天空の城ラピュタ [Blu-ray]

天空の城ラピュタ [Blu-ray]

 

 

翔んで埼玉 通常版 [DVD]

翔んで埼玉 通常版 [DVD]

 

 

このマンガがすごい! comics 翔んで埼玉 (Konomanga ga Sugoi!COMICS)
 

 

 

 

 

『自分の時間』って何?

「子供が生まれると自分の時間が持てなくなる」。
誰もがそう口を揃える。
ここで言う『自分の時間』とは、一体どのような時間を指すのであろうか。
映画を観る時間?
美容院に行く時間?
小洒落たカフェでランチをする時間?
それともゲームをしたりプラモデルを作ったりといった、趣味に没頭する時間?
私も出産前、ここで言う『自分の時間』とはそういう時間を指すものだと思っていた。
しかし違った。
そういう時間が取れなくなるのは勿論である。
しかし、もっとミクロな、トイレに行く時間、歯を磨く時間、シャワーを浴びる時間、食事をする時間、目の前にあるゴミを自由に拾う時間、そういう時間がここで言う『自分の時間』だったのだ。
そういった時間が軒並み取れなくなるか、取ることが大変難しくなるのだ。
歯を磨いている間に、2回も3回も、「おかあさーーーーん!」と呼ばれ、その度に中断する。
トイレについてくる。
鍵を掛けるとわぁわぁと喚きながらドアを叩き続ける。
PCを開けば、膝に乗りPCをバンバン叩く。
席を移動すればどこまでも追いかけてきて、やはり膝に乗りPCをバンバン叩く。
子供の食事 → ぐっちゃぐちゃの後始末 → シャワー → 着替えさせ をやっと終え、自分の食事を始めると、「それちょうだい」とやってきて全てやり直し。
夜は子供達に両脇をガッチリと固められ、ギュウギュウと押され挟まれ、寝返りも出来ない。

しかし。
私の二の腕を掴む手はちいさく、押し付けられた頬はもちもちだ。

数十年後、時間を持て余し、孤独な死の床にある私に、超常的な存在が言うのだ。
「ほんの少しの間、人生の一番幸せな瞬間に戻してやろう」と。
そうして戻されたのが、今の私だとしたら。
そんな想像をしながら、今日も闇の中で子供たちの頬をもちもちするのだ。

 

戦争の日常を想像する

シリア空爆に関わる以下のニュースを読んだ。

www.msn.com


空爆を受けた5歳の女の子が、瓦礫の中、7ヶ月の妹の服を必死で掴んでいるのである。
この写真とその拡散が、どの程度の政治的意図を含んでいるのかは知らない。
中にはこうやってブログに書いたりして反応することを浅慮であるという人もいるかもしれない。
しかし、一人の親として、この光景はあまりに切ない。

5歳の女の子は、まだ、赤ちゃん返りの真っ最中だったかもしれない。
7ヶ月の妹の存在に、複雑な思いを抱いていたかもしれない。
それでも、妹を救おうとするのである。
その姿は、私の4歳と1歳の子供達の姿と容易に重なる。

戦争は過去のものではなく、今まさに、私の子供達と同じ年頃の子達が直面している日常なのである。
と、書いても書いても月並みな言葉しか出てこないのがもどかしい。

世の中には、辛すぎて知りたくないニュースがたくさんある。
しかし、平和と豊かさを享受する者として、辛くてもそれらを知る義務があると思う。
何かを決定する時、知らないでいる事や、我が身に当てはめて想像せずにいる事こそが恐ろしい。

私は政治的に、特に強く左右どちらかに振れているつもりはない。
強いて言えば、義務教育における度重なる反戦教育に、若干の反発心を持っていた若い時期はあった。
「もう、そんなに何度も言わなくても分かってるよ!」と言うような。
しかし、分かっていなかったのである。
『子供』という圧倒的弱者、それも、絶対に失いたくない存在を守らなくてはならない立場になって初めて、『戦争』という日常が、恐ろしいまでのリアリティをもって私に迫ってきた。
そして、もう政治的な細かい理屈は全部どうでもいいからとにかく戦争だけはやめてくれないか、という気持ちになった。
だが例えば、かつての日本のように国全体がもう飢え死にするレベルで困窮し、想像するのもおぞましいが、幼い上の子を女郎屋に売らなくてはならなくなったらどうするか。
辛すぎて考えたくもないが、生まれたばかりの時期の下の子を間引かなくてはならなくなったらどうするか。
隣家もしくは他国から泥棒すればそれは避けられるとしたら。
自分の家族だけは助けたいと思うだろうか、どうだろうか。
そしてそれは、結果的に助かることになるのだろうか、どうだろうか。

私は、父方の本当の祖父に会ったことはない。
フィリピンで戦死したからだ。
以前はそのことに特にそれほど感情を揺さぶられることはなかったが、子供を産んで、愕然とした。
祖父は、初めての子供、それも、まだ1歳かそこらの、ヨチヨチ歩きでニコニコ笑いながら「だぶー」とか「とーと」とか話す、ぷにぷにほっぺの、一番可愛い時期の自分の息子を置いて出征したのだ。
出征直前に撮った祖父の写真がある。
悲壮感に溢れてる。
出征したら、おそらくもう幼い息子には二度と会えないのだ。
ほっぺも太腿もぷにぷに出来ない。
「きゃっきゃっ」と笑う声も聞けない。
抱っこも出来ない。
そして、やはり同じような歳の子供を持つ他の国に住む知らない父親を、ころしに行かなくてはならないのだ。
私がもし、1週間後に出兵し、子供達とはおそらくもう会えず、知らない子供の父親や母親や子供自身をころさなくてはならないとしたら、『辛い』という言葉ではとても表しきれない。

辛いけれども我が身に当てはめて想像してみる。
 ・
 ・
 ・
夫の職場でも、召集令状を受け取った人が増えてきた。
プロジェクトメンバーが半分になってしまったらしい。
特に、テストを任せていた若手達が皆、ごっそりと出征してしまったという。
来月からSTフェーズに入るというのに、リリースに間に合うのだろうか。
基盤チームのメインとなる設計者も出征してしまったのだという。
これからトラブルが発生したら、一体誰に問い合わせればいいのか、という状態だという。
ただでさえデスマーチだというのに、更に炎上してしまうではないか。
夫はこれからは出征者のカバーのため泊まり込みになるだろう。

出征したメンバーにはかつて私と同じプロジェクトをやった人もいる。
色白で小柄で眼鏡で白いワイシャツに黒いスラックス、やや小太りで人当たりの良かった、魔神英雄伝ワタルを愛するあの人が、軍服を着て銃を握るのだ。
似合わなすぎる。
彼は技術者としては優秀だったが、銃なんて重くて持って走れないだろう。
あの人が一体どんな顔をして他のひとを撃つというのか。
適材適所の真逆もいいところだ。
 ・
 ・
 ・
最近はもう、スーパーにお菓子が並ばなくなってしまった。
下の子は、プリンが食べたいとよく泣く。
イヤイヤ期も相まって本当に手が付けられない。
卵と牛乳があれば自分で作れるのだが、なかなか手に入らない。
砂糖も無い。
上の子はもう最近は泣かなくなってしまった。
一生懸命ガマンしていることが伝わり、かえって切ない。
甘い物が大好きだったのに。
こんなことなら、お菓子くらい平和なうちにたくさん食べさせてあげればよかった。
ごめん……。

私が、
「おかあさん、今日もお菓子あげられなくてごめんね。
 昔、おうちにもお店にもいっぱいお菓子あったのに、『そんなにたくさんはダメ』って言ってばっかりでごめんね」
と言うと、
「いいよ」
と言う。
娘は、わたしが「ごめんね」と言うと、いつも「いいよ」と言うのだ。
 ・
 ・
 ・
子供達の体重が減り、頬がこけてきた。
最低限の食料もなかなか手に入らないのだ。
 ・
 ・
 ・
とうとう夫に召集令状が来た。
最後の一週間くらい、家族で過ごしたいのに、リリースがあるから休めないという。
日本人は、これだから日本人は。
 ・
 ・
 ・
夫が出征した。
急いで私も復職しなくてはならない。
完全なるワンオペの日々が始まる。
保育所に入れるだろうか?
保育士も次々に召集されているという。
子供を守り育てる手に、よその子供の親をころさせるのか。

そして今後、私も召集されたら、子供達をどうしよう?
実父も舅も召集されている。
母は高齢で子供を見られないし、姑は大姑の介護をしている。
私も夫も戦死する可能性が高いから、あらかじめ福祉施設に入れるしかない。
 ・
 ・
 ・
続きは、あまりにも辛すぎて、というか人によっては不謹慎だとか誤解されそうなので書かないが、この漫画に描かれる多くの名も無き母子のように熱線に焼かれるのかもしれない。

『原爆と戦った軍医の話』

 

rookie.shonenjump.com



そうでなけでければ、私は牟田口某のような人に絶望的な戦線に送られ、残された子供達は戦争孤児として東京駅でお腹を空かせて座り込むのだ。

とにかく、そんな日常はいやだ。
絶対的な弱者である子供達が守られず、家族が永遠に離れ離れになる日常は嫌だ。
子供達が辛いのはいやだ。

私は良かった。
屋根があって良かった。
壁があって、床があって、食べ物があって、弾が飛んでこない場所で寝られて良かった。
子供を守れる環境で本当に良かった。
これは、当たり前のことではないのだ。

 

原爆に遭った少女の話

原爆に遭った少女の話

 

 

【前編】バリキャリ女性は何故辞める?

中野円佳氏の『「育休世代」のジレンマ 女性活用はなぜ失敗するのか?』を読んだ。
就職戦争を勝ち抜いた高学歴のキャリア志向の女性が何故出産後に仕事を辞めるのか、若しくは、何故、俗に言うマミートラックという形でゆるい働き方にシフトするのか、ということについて論じた本である。 

「育休世代」のジレンマ 女性活用はなぜ失敗するのか? (光文社新書)

「育休世代」のジレンマ 女性活用はなぜ失敗するのか? (光文社新書)

 

 
子育てと女性の就労に関する本は色々あるが、特にキャリア志向の女性にフォーカスした本はあまり目にした事が無かったので、珍しく思い手に取った。
調査対象が少なく、また、キャリア形成前の比較的若い年齢で出産をした例ばかりであるので、ちょっと自分とは状況や考えが違うな、という点も多かったのであるが、賛同、納得できる点も多かった。

特に印象に残ったのは、『相対的剥奪感』という言葉である。
生き方の選択肢が増えると、他の選択をした人と、つい自分を比較してしまう。
結婚したかしないか、子供を産んだか産まないか、働いているかいないか、キャリア志向か否か。
どの道を選んでも利点も欠点もあるわけだが、他人との比較ではつい利点ばかり目につき、自分が相対的に負けていると感じる、という事らしい。
オー、それ、ワタシの国の言葉で『隣の芝は青い』イイマス。
なお、下記の本、まだ読んでいないのであるが、多くの女性が自分を『負け組』と考えているという事らしい。
事実であれば、理由はそんなところにあるのかも知れない。
『働く女性ほんとの格差』

働く女性ほんとの格差 日経プレミアシリーズ

働く女性ほんとの格差 日経プレミアシリーズ

 

 

どんなに違った道を歩んでいでも、実は根底の考えは似ているなという人がいるものである。
あの人と自分は、ほんの少し環境が違うだけの事かも知れない。
鏡に映る内と外で、挙げている手が反対なだけであるかのように。
そこに剥奪感や優越感を抱く必要は、無いのである。

また、サンプルである『良い子』な女性達は、人生の選択において親の期待というものを無視できない。
この世代の女性達の親は、娘に、『手に職をつけて働いてほしい』と同時に、『(自分や妻のような)良き母であってほしい』とも願っている。
また娘の方でも、男性に劣らぬよう働きつつ、自分が育てられたのと同等か、それ以上に子供にケアを提供したいと思っている。
それはアンビバレンツな要件なので苦しい。
実は私の父も、この2つの相反する要件を提示してきていた。
父は、私が仕事を辞める時、結構な熱量で引き止めようとしていた。
生涯賃金や、年金支給額などの数値を引用して。
私の従来の(?)生き方および考え方は、父の考えに沿ったものであり、所謂『女性的な』職業ではない職に就き(システム屋というのはまさしく父の職業であった)、辞める事なく、常になんらかの組織に属して現役時代を終える、というものであった。
そもそも我々が育った時代(90年代から00年代前半か)、女性の成功モデルは母となる事ではなく、男性並みにバリバリと働く事である、という流行が確かにあった。
20代での出産なんて考え無しのすることだ、というような。
私の親も『勉強しろ、就職しろ』とは言ったが、『結婚しろ』とは一言も言わなかった。
2010年代にいよいよ少子問題がまずいことになり、卵子の老化などの話もあり、いきなり世の中の流れが変わり、はしごがガクンと架け替えられ、『働け』から『産め、育てろ、且つ働け』の大合唱となった。
急旋回で人生の方向性を転換した女性も多いのではないか。
私は、自分が年齢による上限などの内的要因を感じて自ら出産を積極的に選び取ったと思っているが、それはもしかしたら社会の流れというような外的要因にもよるのかも知れない。
考えてみれば親達とて人の子、世の中が『女も自立の時代。若い頃はとにかく勉強してマッチョな就職を! しかし結婚は自由(自分でなんとかして)』という流れであれば、そう娘に教えるのである。
私の知人は、学生時代に親に恋愛を制限され、かなり大人になってから親に「結婚しないの?」「変な人と付き合っちゃダメよ」と言われたと憤慨していた。
若い頃から誰とも付き合わなければ、付き合い方もわからないし、変な人を見抜き避けるスキルも身に付かないではないか。
なんという天人唐草!

天人唐草 (山岸凉子スペシャルセレクション)

天人唐草 (山岸凉子スペシャルセレクション)

 

 

話が逸れたが、父は、私に昭和時代の父親と母親、両方の役割を求め、且つそのことを自覚していないようだった。
「電動スイングベビーラックは愛情が無い」
「ベビーベッドもベビー布団も不要。添い寝でないと愛情が伝わらない」
などの時代錯誤な言葉が、「乳児から預けて働け」という言葉と同じ口から出るのである。
また、私達夫婦が揃って毎晩終電もしくはタクシー、場合によっては会社に泊まりという忙しい日々が続いた DINKS のある時期に、
「毎日スーパーの惣菜ではいかん。食生活は健康に直結するからちゃんと作れ」
というような事も言っていた。
ハァ? 連日のデスマーチで既に体ボロボロでしたけど??

なお、父は自らの新婚時代、母に仕事を辞めさせ海外バックパッカーの旅を勧めている。
妻には仕事を辞めさせ、娘が仕事を辞めることは認めない。
ああ、上司によくいるタイプである。

ロールモデルになれ」
「君ならこのポジションになれる」
「先輩のAさんは育児と両立してるじゃないか」

おめー自身の嫁は専業だろうが!
嫁に育児家事丸投げしてるからそんな働き方出来たんだろうが!
開発案件によって通勤時間が 0.5h ~ 2.0h まで変化するのにどうやって保育園送り迎えの算段つけるんだよ!
勤務地は一体どこなんだよ!
保育園申込書すら書けないぞ!
そんでAさんは親と同居してんだろうがぁぁ!!

幸い私は夫が、悪く言えばちゃらんぽらん、良く言えば親や社会の期待からかなり自由な考えを持っている人であり(というか、大人になっても親の影響や社会から割り当てられた理想像を抜け出せない例は、優等生的女性にこそ多いように思う)、私もその影響で程よく人生に対して Que Sera, Sera になることができ、「こんな無理ゲーやってられないッス」と降りた。

この話、まだ続くのである。

 

niceslice.hatenablog.com

  

niceslice.hatenablog.com

 

乳腺炎と母親の就業

今朝のNHKのニュースで、0歳児を持つ母親の就業数が増加していること、それに伴い、乳腺炎や搾乳のしにくさなどの問題を抱える母親が出ていること、快適な搾乳室を備えた企業の取り組みなどが紹介されていた。
以前から、この話、この流れは度々報道されているように思う。
企業の担当者が、「母親がハッピーでないと良い仕事は出来ませんから、搾乳室の設置は大切なことです」などと言うのである(録画していなかった為、正確に同じ言葉ではない)。
いやまったくその通り。
素晴らしい取り組みである。

しかし、心のどこかで「なんだかなぁ」と思う自分がいる。
授乳をやめたり、制限したりすることで乳腺炎になるのだとしたら、まだその親子は長時間離れないほうが良いのではないだろうか。
母親は本当にハッピーか?
そして子供はハッピーか?
私は母乳絶対主義者ではないし、三歳児神話の信者でもない(二歳児神話というものがあるとしたら、その信者にはなるかも知れない)。
でも、まだ母乳を与えたい母親と、母乳を飲みたい赤ちゃんが長時間引き離されることを考える度に、繁殖を早める為に引き離されるトラの母子のニュース(授乳を早期に止めることで排卵の再開を早める為)や、ペットショップで離乳前の子猫を母親と引き離すことへの規制のニュースなどを思い出し、彼らと我々、動物として一体何が違うのか、という思いに駆られる。
搾乳と直母が母子にとってだいぶ違う、という事も、経験している。

 

natgeo.nikkeibp.co.jp



0歳児を長時間預けて働く母親の事情や考えは様々であろう。
保育園不足で0歳4月に入園させるしかないという事情、長期間休職することで復職が困難になる可能性、企業側の事情、孤立した育児による外部との繋がりの途絶、などだ。
私は、そういう選択をする母親を批判しない。
そういう選択をせざるを得ない背景がもどかしい。
育児という生涯で一時の素晴らしい時期を、自由の制限されたひたすら鬱屈した時期として過ごさなくてはならないとしたら何かがおかしいし、凄まじく大変な乳幼児の育児の時期が明けた途端、キャリアも職歴もパアになってしまうのだとしたら何かがおかしいし、保育園に預けて長時間離れるか、24時間つきっきりで密室で育児するかの極端な二択となってしまうのだとしたら何かがおかしいし、0歳4月という行政の定めた期日をなるべく1歳に近づける為に、頼むから4月何日以降に出てきておくれとお腹に語りかけなければならないのだとしたら何かがおかしいと思う。

母親自身ではない、何かが。

昔が良かったと言うつもりはない。
ムラや親戚など、共同体全体で子育てを行うのは確かに色々な問題への解決策となろうが、それらは特に女性の忍耐や、理不尽なルールの上に成り立っていた部分も多いと思う。
人口の9割が職住近接の農業に従事しているという時代でもない。
昔が子育てに良い環境だったというわけでもない。
乳母制度というのはまさしく繁殖を早めるための習慣であるし、近世のフランスでは、社会的階層の高い女性が社交という職業(社交は娯楽などではなく、職業的責任のもとで果たされるべきタスクであった)に早期に復帰するため、より階層の低い女性を乳母として雇い、その乳母は更に自分より階層の低い女性を乳母として雇い……と、階層間で子供を、いや、母親を次々にスライドさせる連鎖が起こっていた。
乳母にも自分の赤ちゃんがいるのである。
当たり前だ。
赤ちゃんがいなくては母乳は出ない。
そうして連鎖のいっとう最後である、最底辺の階層の乳母の子供はどうなるか?
家畜の乳などを飲ませて貰えればまだ良い方、穀物粉を薄めたものなどを飲まされていたのだそうである。
生存率が高いわけがない。
(この辺りのくだりの具体的な数値や資料などのソースは失ってしまった。申し訳ない。)

全てを解決する銀の弾丸は、未だ人類は見つけられていないし、きっと存在しないのであろう。
会社に搾乳室を作ることもすればよいし、乳児を連れて出社するという選択肢もあって良いし(大人皆が追い詰められているが故に子供に不寛容なこの国では出社の段階で無理だと思うが)、在宅ワークという選択肢もあって良いし(保育園とセットで利用しないと仕事など出来ないが)、新卒採用主義も改められると良いし(終身雇用は諦めなくてはならないのかも知れないが)、できることはなんでもすべきなのだろう。

が、どんな場合であれ、動物として、乳児に直接母乳を与える権利くらいは保証されてもいいんじゃないかな、猫ですら保証されているのにな、と思う次第である。

 

 

「便利な」保育園が奪う本当はもっと大切なもの

「便利な」保育園が奪う本当はもっと大切なもの

 

 

 

niceslice.hatenablog.com

 

 

「生まれて来なければ良かった」といわれた

4歳娘の言葉である。
結構ショックだ。
娘は、1歳息子に作っていたシャボン玉を破壊され、それに対し抗議したところ叩かれ、世を儚んだらしい。

「私は生まれてこなければ良かった。
 弟くんなんていなければ良かった。
 私だけ産んでもう産むのやめれば良かったのに!」

と泣かれた。
私だって泣きたい。
上司に頭を下げて卵胞の育ち具合を確認しに日々病院に通ったこと。
毎回4時間ほども待合室で待ったこと。
毎朝早起きして自己注射を打ったこと。
妊娠中のつわりとマイナートラブル。
陣痛、出産。
連日の睡眠不足。
何もかもが思い通りに進まない育児。
そして、それらすべてが全く惜しくないと思えるほどの圧倒的な可愛さと大切さ……。

確かに娘や息子を産みたいと思ったのは私の身勝手だし、それに伴う大変さに対する責任はすべて私や夫にあり、娘が背負うべき責任は一切無い。
しかし、そういう大変さの結果が、娘の「生まれて来なければ良かった」という感想なのであれば、あんまりだ。

昔は、

「おかあさんに『かわいい』って思ってもらいたくて生まれてきたの!」

だとか、

「おかあさんの名前の書かれた箱を選んでおかあさんを決めたの!
 自分の顔と身体はくじ引きで決めるの!
 お腹の中の出口には『非常口』って書いてあるの!」

だとか、ファンタジーで可愛らしいことを沢山話してくれたのになぁ……。
更に息子を妊娠中は、

「わたし、もうすぐおねえさんになるの!
 楽しみ!
 小さい子大好き!」

とか言っていたのになぁ……。
毎日頑張る娘が色々気晴らしや楽しみが出来るよう、色々と気を配っているつもりなのに、何も響いていないのだろうか……。
いつも見せてくれるキラッキラの笑顔は幻なのか。

何とか娘には、

・私はそれを聞いて悲しかった。
・私は娘と息子を産んでよかった。
・あなたを弟くんから守れなくて申し訳ない。
・私の勝手であなたや弟くんを産んだ事で、あなたが辛いのは大変申し訳ない。
・辛さは全部私にくれ。
・あなたが生まれてきて良かったと思えるよう、幸せに出来るよう頑張る。
・弟がまだ言葉をうまく使えなくて手で人を叩いてしまうのと、あなたがまだ言葉をうまく使えなくて今のように言葉で人の心を叩いてしまうのは同じ事。どちらも大きくなれば治る。

というようなことを伝えた。
やがて娘は泣き止み、謝ってくれたが、本当に娘がどう思っているのか、どれだけ納得出来たのかはわからない。
一時期の、嵐のような酷い赤ちゃん返り(息子への嫉妬)は無くなって久しい。
今はとても息子を好きで、可愛がってくれているように見える。
しかし時々、弟を疎ましいというようなことを言う。
例えば、娘は眠くて寝たいのに、息子が騒いで寝られない時(二人とも私にくっついていたいので、空間を分けて寝ることは出来ないのだ)。
はたまた、おもちゃの取り合いなど、息子が何か気に入らないことがあり、娘を叩く時。

聞けば、

「わたしは弟くんのことはとっても好きだけど、叩かれるのは本当に嫌」

と言う。
娘は言葉の発達がとても早かった為か、それとも長期授乳や一人っ子状態の構われ放題で心が安定していた為かわからないが、肉体言語に訴えるという事がなかったのだ。

それでも、『自分が生まれて来なければよかった』とまで言われたのは初めてで、私はとても動揺し、落ち込んでしまった。

その時、この記事を読んで、なんだか理解でき、救われた気がする。


子供に『生まれて来なければよかった』と言われた時に親が出来ること - MiyabiyNoCafe


なるほど、この言葉を言われた親は、子供の出した「生まれて来なければよかった」という結論だけ見てビビってしまうけれども、そもそもその解答を出した『式』が、幼さ故に間違っているのかもしれない、と。
そういう事ですね。

思えば、大人だってその式、沢山間違っているではないか。
特に青年は間違えやすい。
10代から20代初頭の頃、彼氏彼女と別れただの、受験が心配だの、就活が面倒だの、『将来に対する唯ぼんやりとした不安』だの、全然大した事ではない事物に思い悩んで、家族や周りへの影響なんて全く考えず、カジュアルに『死にたい』とか思っていた元青年のなんと多いことか!
そういえば、『こころ』のKにしろ、『白夜を旅する人々』の次女にしろ、文学で命を捨てるのは何不自由無い、他人から見たら未来に希望しかないような恵まれた坊ちゃん嬢ちゃん達ではないか。

因みに、私の想定していた、娘の使用した式は、次のようなものであった。

 良かったこと - 嫌だったこと = 生まれて来なければよかった

プログラムっぽく書くと、

if ( 良かったこと < 嫌だったこと)
{
    return 生まれて来なければよかった
} else {
    return 生まれて来てよかった
}

みたいな。

でも実際に娘の使用した式は、このようなものではなかったか。

if ( 0 < 嫌だったこと)
{
    return 生まれて来なければよかった
} else {
    return 生まれて来てよかった
}

目の前の嫌なことのみ目に入り、良かったことが考慮されていなかったのではないのか。

いや、閃いた!
もしかしたら、人は自らの生の価値を考える時、以下のような式を使用しているのではないか。
良かった事と嫌だった事に、それぞれ、増幅及び減衰させる係数、happy 係数 h と unhappy 係数 u を設定する。
更に、単純に両者を比較するのではなく、逆境に陥っても絶望しない為の、へこたれない心の底力となる閾値 t を設定する。

if ( 良かったこと * h - 嫌だったこと * u < t )
{
    return 生まれて来なければよかった
} else {
    return 生まれて来てよかった
}

つまり、happy 係数が高いほど、日常に幸せを感じやすく、unhappy 係数が高いほど小さなことでクヨクヨし、閾値 t が高いほど、逆境に陥ってもへこたれないという具合である。

幼さ故に、各値が不安定な娘は、h が一時的に 0 になっていたのかもしれない。
私は月に一度の PMS の時期は u が限りなく大きく、 h が限りなく小さくなる。
しかし子供を産んでからというもの、 t はいつでも安定して高いと思える。

どんな親切を受けても捻くれた受け取り方しかしない人は h が負数なのかも知れない。
逆に、どんな不運もパワーに変えてしまう人は u が負数なのだろう。

なるほど!
これで方向性は定まった。
私は、子供達が、happy 係数と閾値 t を安定して高く、unhappy 係数を低くできるよう気をつけよう。
勿論自分に対しても。
良いことも悪いことも、どう生きたって時勢によって多かったり少なかったりするものだが、それを受け止め解釈し、自らの糧とする力があれば少なくとも自分が幸せを感じて生きることは出来るだろう。
でも、どうやって?

毎日好きだ大切だと伝えること?
褒めまくること?
天日によく当てること?
動植物を育てること?
読書をすること?
子供を生み育てること?
それとも宗教?

それは人類の永遠の命題なのだろう。
とりあえず今はショックを捨てて、

「4歳にしてその結論に至るとは、かなり早熟なんじゃないの!?
 今に鬱ポエムとかノートに書き始めるんじゃないの!?
 TRPGキャラクターシートとか作り出すんじゃないの!!?」

などと明後日な方向にワクワクしておくことにした。


 
ねえだっこして

ねえだっこして

ちょっとだけ (こどものとも絵本)

ちょっとだけ (こどものとも絵本)