nicesliceのブログ

子供を見るか、子供の視線のその先を見るか

子供の残飯を食べるのは母親のタスクか?

以前、何かのニュースで、家庭での食品ロスは月 ¥5,000 分もあるとかいう話を耳にした。
当時、「うちは絶対そんなに無い」と思った。
事実、子供を産むまでは、殆ど食品ロスは発生していなかったと思う。
しかし、子供を産んでからは、流石に ¥5,000 分ほどでは無いが、以前より確実に食品ロスは増えたと思う。

子供、特に上の子は、とにかく食べない子供であった。
霞でも食べて生きているのかと思うほどに食べなかった。
給食の量をごまかしていた保育園に関する報道で、
「こんなに給食の量が少ないんですよ」
「えー!ひどーい!」
などと言い合うニュース映像を観て、夫と、
「ウチの娘はこんな沢山の量食べた事ないぞ」
とざわざわとなった程である。
しかし、食べない事が分かっているからと言って、作らない、出さないというわけにはいかないのである。
稀にまあまあの量を食べる事もあったし、何より、本当に娘の食べる量しか用意しなかったら第三者からは虐待かと思われたであろう。

そうして残されたものは、大抵私が食べるのである。
汚い話で恐縮であるが、食べ散らかされ周りに落ちた食べ物も、捨てるに躊躇するような大きな塊(ほぼ丸のままの唐揚げなど)は、私が拾って食べていた。

子供用の食事とはいえ、ほぼ全て残されたものを食べると、結構お腹が膨れる。
私は結構大食いで、自分の食事は自分の食事で沢山食べる。
よく、「食育の為、子供に先に食べさせるのではなく、一緒に食べましょう」などと言われる。
しかし、一緒に食べたら確実に私が先に食べ終わり、満腹の上に更に子供の残飯を詰め込む事になる。
それ以前に、隙あらば食べ散らかし零しまくる子供を牽制しつつ、その子供に食べさせながら自分も食べるというような器用で忙しい真似、なかなか出来ないのである。
そんなわけで、まず子供に食べさせ、残り物を私が食べ、その後自分の食事をする、という流れになっている。

それでも食品ロスは出る。
子供と生活していると、食べ残しを避ける事は出来ない。
特に甘い菓子類は、私が苦手としているのでどうしても残る。
子供自身が「食べたい」と言って買ったものの、一口しか食べなかったものも多い。
まだ、少ない経験の中から『何が美味しいのか』『何が安全か』をいろいろと試している段階なのだ。

NHKクローズアップ現代で、食品ロスをテーマとする回があった。

www.nhk.or.jp


コメンテーター曰く、

「なぜ食品ロスが生まれるのかというと、(中略)子どもが残したものを、お母さんが太るから食べない。それは家で余ってしまいますよね。」

との事である。
子供の残飯を食べるのは、母親のタスクなのだろうか?
母親は子供の胃袋の調整弁なのだろうか?
私はまだよい。
食べようと思えば白飯2合くらいならなんとかいける。
でも、多くの他の母親はどうか?
無理して胃を拡張していないか?

個々の倫理観に合う範囲で、子供の残したものを捨ててしまうのは仕方ないのではないだろうか。
そんな事まで母親のタスクにして、責めないでくれよ、と思う。

確かに、この番組の指摘には、『本来母親が残飯を食べるべきだ』との明確な定義は含まれていない。
言外にそれを感じてしまうだけである。

と、ここまで書いて、ふしぎなことに気がついた。

同世代の女性
「ほら、私たちの母親の頃ってさ、子供の残り物を母親が食べてたじゃない?
 でも今自分がやろうとすると結構キツいよね、自分の食べる量コントロール出来なくなるから。
 だからつい食品を捨てちゃうっていうの、あるよね」
「ワカルワカルゥ〜」
あれ、あんまりむかつかない。

一方、
コメンテーターとかいう知らないおっさん
「なぜ食品ロスが生まれるのかというと、(中略)子どもが残したものを、お母さんが太るから食べない。」
あれれ、殆ど同じ事を言っているのにめっちゃ反論したくなる。

色々言葉を並べ立てても、私も理屈より共感を求める人間であったということか。
それとも流行りの「言い方! 言い方!」というやつなのか。
よく分からない結論に至って(至らなくて)しまった。

 

 

niceslice.hatenablog.com

 

 

niceslice.hatenablog.com

 

 

niceslice.hatenablog.com