nicesliceのブログ

子供を見るか、子供の視線のその先を見るか

令和のビジネスウーマンは何を履けば良いのか問題

地震の描写があります。
ご注意ください。

先日久しぶりに、都心部に赴く機会があった。
重要な打ち合わせであったので、スーツで行くのであるが、ひとつ困った事があった。

何を履けば良いのだ?

スーツと言えばハイヒールである。
しかし今、街を歩く女性たちを見ると、ハイヒールを履いている人はほぼ居ない。
数年前から、ファッション業界界隈で、ハイヒール離れの話題を見聞きするようになった。
要因としては、東日本大地震の時に非常時におけるハイヒールの無能性が認知されぺたんこ靴ブームやスニーカーブームが起こり、更にコロナ前から世界的にcomfortable なファッションの流行があり、#KuToo運動などもあり、更にコロナ禍のテレワーク普及によりトドメを刺されたというところだろう。
私の見る限り、人が生活したりショッピングを楽しんだりする街ではハイヒールは絶滅した感がある。
ファッション誌を開いてみても、ファッションスナップの見開きに10人のコーディネートが載っているとしたら、ハイヒールを履いているのはそのうち1人かせいぜい2人である。

『強いられたハイヒール』に対するイメージも変わった。
制服を着た女性店員が歩きやすそうな靴を履いていれば、『従業員の命と健康を守る先進的な企業だな』と思って安心出来るし、そうでなければ『地震があってこの人が逃げ遅れたら雇い主はどう責任取るんだろうか、動きにくい靴と非常時の命の保証と補償についてこの人の雇用契約書にはどう書かれているんだろうか』などと心配になる。
ハイヒールは今、平成の遺物となりつつあるのかも知れない。
一方、オフィス街ではまだまだしっかり生きていて、『スーツにはハイヒール』の牙城は堅固である。
どうしても、スーツにスニーカーでは決まらないのだ。

私は若い頃はハイヒールが大好きで良く履いていたが、今はもう履かない。
トレンド要因もあるが、それ以前に痛くて履けないのである。
出産育児を挟んだら、履けない体になっていた。
骨盤が開いたり歪んだりして腰に負担が掛かかるようになったのだろうか。

ハイヒールは履けないが、スーツは着たい。
どうすべきか。
結局その日は、前職時代のハイヒールを引っ張り出して履いていったのであるが、痛くて痛くて我慢出来ず、帰り道で駅のトイレに駆け込み、バッグに忍ばせてあったニューバランスに履き替えたのであった。

そして、次の日、『ハイヒールではないけれどもスーツに合う靴』を求めて、いくつもの店をまわったのである。

ハイヒールじゃないけどスーツに合う靴……。
まず考えられるのは、ローヒールパンプスやローファーである。
いくつかのそれらを試すが、気に入らない。
まず、どちらも足の入りが浅い。
歩くたびにかかとが浮きそうになるのが不安である。
こちとら2kgのPC抱えて満員電車に乗るのである。
駅から何分かは歩くのである。
どんなに揺れても歩いても安定して足をホールドして欲しい。
かかとが浮かないようにするには、かなりピッタリに調整しなくてはならないが、たまにしか履かないのに、やれ中敷きをカットして入れてとか、やれ一部を柔らかくして延ばしてとか、今更そんなことまでしたくない。
育児と仕事で忙しい中、もう、自分のファッションにそこまでの時間と労力を掛けたくない。

どうしたら良いのか考えながら、私は、十数年前のことを思い出していた。

前職のころ、私はお客様との打ち合わせのため、都心のオフィスビルの15階にいた。
その時の服装を今でも覚えている。
タイトスカートのスーツに、かかとの高いポインテッドトゥのハイヒールだった。
その靴はかつて、会社の研修だか視察だかの為アメリカに行った際に現地で買った靴で、履くと気分が上がり、ここぞという時に履く、私のお気に入りの一足だった。
そう、自分にとっては、スーツとハイヒールには気分を上げる効果があったのだ。

そして大地震が起こり、打ち合わせは中止になり、エレベーターは止まった。
私は、余震の続く中、ハイヒールで非常階段を15階分、降りた。
普段、私は防災のために自社のデスクにスニーカーを入れていたが、社外打ち合わせの時にまでそれを持ち歩くという頭は無かった。
ビルの外に降り立ち、私はすぐさまタクシーを捕まえようと男性上司に進言したが、上司は動く電車を探そうと言う。

私は、この時の教訓を子々孫々まで伝えたい。
非常時には、上司の言葉など無視して自分で考えて自分の行動を決めろと。
勤務時間内であっても、上司の指揮下を離れろと。
残念なことに当時の私は組織行動に従順であったため、タクシーは捕まえなかった。
間もなくして、空きタクシーが東京中から消え去ったのはご想像の通りである。
動いている電車などどこにも無いという事が分かると、上司は、歩いて帰るという。
そう言う上司は、サラリーマン御用達のフラットな革の編上靴を履いていた。
一方、タイトスカートスーツにハイヒールの私。
家まで歩ける訳がない。

断言しよう。
あの時、女性サイズのスニーカーを満載したトラックが都心のオフィス街に入ってきていたら、残らず売れていただろう。

そして私は帰宅困難者となり、ターミナル駅近くの知らないビルのロビーで他の大勢の帰宅困難者たちとともに一晩を過ごすことになったのであった。

思えば上司は、『最悪、俺は歩いて帰れる』という自信が、最初からあったのであろう。
男性サラリーマンの履く、フラットで、足首近くまでしっかり紐で固定された、ビジネスシューズ。
歩きやすそうだったなぁ、あれ。
女性もあれで良いんじゃないのか?
ビジネスマンが皆履いているということは、ドレスコード的にもTPO的にも、あれはOKなのだろう。
私もあれを履こう!
そう思い、店で探したら、有ったのである。
女性サイズの、編み上げのビジネスシューズ。
デザインもマニッシュでスーツに良く合う。
それを買い、次の打ち合わせにて履いてみたところ、最高であった。
歩きやす過ぎる!
もちろんスニーカーほどではないが、ヒールが低く、紐で足首近くまで固定されているというだけで、こんなにも歩きやすいものなのか!
男性サラリーマン諸兄はこんなにも楽なものを履いていたのか!!
かくて私は二度とハイヒールを履かないと誓ったのであった。

元は男性の履くものであったハイヒールは、やがて女性のファッションアイテムに。
塹壕の兵士の軍服であるトレンチコートは、女性の就活ウェアに。
クロアチアの軍服であったネクタイは、サラリーマン男性のファッションに。
江戸時代、性産業に従事する女性のウェアであった振袖は、現代、カタギの女性の正装に。
性別を超え、用途を超え、ファッションは軽やかに飛翔する。