nicesliceのブログ

子供を見るか、子供の視線のその先を見るか

異端審問のネックレス

私は宝石を見るのが好きだ。
幼い頃、風邪で学校を休むと、よく、家にある岩石の図鑑を眺めていた。
岩石の図鑑と菌類の図鑑はお気に入りの2冊だった。
どちらも美しいからだ。
岩石は、ゴツゴツした無骨な岩の塊が、カットされ研磨され、やがて眩い光を放つ宝飾品になる工程が載っており、とても不思議な気持ちがした。

娘と一緒に、図書館で借りてきた岩石の図鑑を見ていた時だ。
ある、エメラルドの豪奢なネックレスが目に止まった。
『スペインの異端審問のネックレス』とある。
なんだこれは!!
説明は何もない。

13世紀スペイン——。
ドミニコ会の異端審問官達は、勢力を拡大しつつあった南フランスのアルビジョア派の討伐へ向かった。
捕らえられ容赦なく拷問されるアルビジョア派貴族の婦人。
貴婦人の首からもぎ取られるネックレス。
その頃、他の住民たちは改宗を拒み村に火をつけ、自決をはかった。
魂は善なるもの、肉体は悪なるもの、世の全てを善悪の二元論で理解する。
それがアルビジョア派なのだ。
悪なる肉体を捨てることは栄光なのだ。
ドミニコ会の異端審問官達は、ネックレスを持って本国に帰還する。
その後、ネックレスは度重なる戦乱を経て人の手から人の手へと渡り——。

はいここまで妄想(0.3秒)。
いや、でも、こういう妄想をしてしまうではないですか、こんな魅力的なワードを見せられたら。
その『人から人』の中にはきっと、女王ファナやキャサリン・オブ・アラゴンフランコ将軍が居たりするのである。
たまんねーな!

私は興奮を抑えきれないまま早速、異端審問のネックレスについて検索した。
しかし、何も出てこないのである。
調べ方が下手なのであろうか。
やっと見つけたのは、英語とスペイン語Wikipediaのページであった。
それによると……。

エメラルドはコロンビアで、ダイアモンドはインドでそれぞれ採掘された。
インドのマハラジャが所有し、1947年にアメリカの宝石商、ハリー・ウィンストンが購入した。
ネックレスの名前は、彼が付けた。
スペイン異端審問との関係は確認されていない。

スペイン異端審問との関係は確認されていない——。

ネックレスの名前は、彼が付けた。

スペイン異端審問との関係は確認されていない————。


ハリィィィーーーーーーー!!!!
騙された。
もう完全に騙された。
こんなに魅力的な名前にしておきながら何の意味もないって、何それ。

しかし流石、虚飾の世界の大物である。
宝石を見るものに実体のない夢を与えている。
『給料3ヶ月分』のデ・ビアスしかり、ストーリーテラーでないと宝石は売れないということか。

虚飾には虚飾のストーリーということか。

 

 

異端カタリ派 (文庫クセジュ 625)

異端カタリ派 (文庫クセジュ 625)