nicesliceのブログ

子供を見るか、子供の視線のその先を見るか

スポーツをやりたいと言う娘

困った。
娘が、スポーツをやりたいと言うのである。

娘は体を動かすことが好きである。
小さい頃からずっとそうである。
水泳を習わせていたこともある。
そして、油断をするとすぐ「ミニバスケをやりたい」だの、「バドミントンを習いたい」だの、「剣道を習いたい」だの、「サーフィンを習いたい」だのと言うのである。

我々夫婦は、スポーツは嫌いである。
楽しむことが目的のレジャースポーツは嫌いではないが、そうではない日本の教育現場周辺におけるスポーツ界隈がとても閉鎖的であることを、前世紀の田舎出身であるところの我々夫婦は骨身に染みているのだ。
勝利至上主義、理不尽な上下関係、地域の顔役への忖度、不文律、旧来のジェンダー観、しごき、父母の会内部での確執。
反面の効果として、精神が鍛えられる、礼儀を知ることができる、諦めない粘り強さを得ることができる、などがあるのかもしれない。
それらは確かに素晴らしいのだろう。
そういったことを否定する気はないが、少なくとも私には無理だ。
こちとら、上記のような要素から全力で逃れる方向で生きているのである。

一度、水泳は習わせたことがある。
民間企業が営利目的で行なっている教室であれば、上記のような危険要素は無いと思い、習わせたのであるが、すぐに飽きてやめてしまった。
娘は習い事をすぐやめる。

最初は

「楽しい! 習いたい! 絶対やめない! お願い、習わせて!」

というのに、2ヶ月もすると行かなくなってしまう。
本人曰く、

「どんな習い事も、体験教室の時は楽しいことばかりやらせるのに、実際に入るとつまらないことをやらせる」

と言う。
当たり前だ、そんなこと、と思う。

唯一、絵画教室は何年間も楽しく続けたが、

「放課後一緒によく遊ぶ子が、習い事の都合でその曜日しか空いてないというから辞める」

と言って辞めてしまった。
なんでウチが、何年も続けている習い事を辞めなくてはならないのかと思うが、遊びたいというのは娘の都合であるので仕方ない。
かと思えば、

「その友達の都合が変わったからまた始めたい」

などと言う。
これは流石に

「そしてまたまた友達の都合で辞めたりするのか。
 そんな気まぐれに付き合わせて大人を振り回すんじゃない」

と一蹴した。

文化系の習い事であれば、前述の危険要素がないので、辞めたり、習わせたり、ある程度 Try & Error を繰り返してもいいかなと思う。
色々なものを試してみなくては、何が向いているのかわからないことも確かだからだ。

しかしスポーツはそうはいかない。
民間の営利目的の教室ならばよいが、地域の非営利の運営だと、前述の危険要素に加え、大会の送迎や、お茶係や、コーチへの付け届けなどが必要だと聞く。
私などには絶対に無理である。
その代わりに月謝が安いのであるが、たとえ20 倍払っても良いので親の出番を無くしてほしい。
あちら様とて、

「伝統に与しない親や協力を惜しむ親、個人主義の親などは、来ないでくれ、図々しい! 迷惑だ!」

という思いであろう。
オタクとスポ少、混ぜるなキケン、である。

そもそも娘は、日本の教育現場周辺におけるスポーツを理解していないのだ。
「楽しいことができる」と思っているのだ。
冗談ではない。
日本の教育現場周辺におけるスポーツにおいては、楽しさという要素は全体の1割未満なのではないか。
私は中学時代、まさにその「楽しそう」という理由で卓球部に入ろうとしたが、母の

「未経験者は受け入れていないのではないか」

というトンチンカンな反対に遭い、文化部に入ったという過去がある。
母の言うことは実際トンチンカンであったが、田舎の中学の運動部にうっかり入ってしまった陰の者たちが、その厳しさ理不尽さ、部内での陰湿なイジメなどより次々と文化部へ転落してくるのを目の当たりにし、心の中で母に感謝をしたものだ。
この時の母の言動は人生で最高のナイスプレーである。

さて、文化部であった私の目から見ると、かたわらの運動部の活動の9割は、先輩対応や、しごき、基礎体力作りに見えた。
1年生のうちはずっと球拾い、休日も長期休みも毎日練習、朝5時から走り込み、などの話をよく聞いた。
「苦しさに耐えて耐えて耐え抜いて、勝利の喜びを味わう」という過程を楽しめる人でないと、「楽しさ」は感じられないのではないか。
そして娘はそのタイプではない。

一応、娘がやりたいと言うことは、可能な限りできるようにサポートはしている。
インラインスケートやスケボー的な遊具は、必要に応じて買い与える。
そうすると公園で練習し、楽しんでいるようである。
親が教えてやれないことも、友達同士で教え合い、できるようになっている。

スキーがやりたいといえば、スキー旅行に連れて行き、現地の教室に放り込む。
しかし娘は、「自由にやりたい。教室はもう懲り懲り」などという。
娘は何事も、人に物を教わるのをいやがり、自己流でやりたがるのである。
ねぇ、それ、絶対にスポーツ教室に向いてないよね。

地域の非営利団体のスポーツ教室は上記のような理由で親である我々の拒否反応が強く、申し訳ないが無理である。
今の所、
「申し訳ないが本当に無理なので中学か高校の部活で入ってください」
と言っているが、実際に入られても困るなぁ、と思う。
娘は9割の辛さ理不尽さに耐えなくてはならないし、大会などで親の出番もやはりあるだろうし、退部転部などしては、内申点が下がるだろう。
民間営利団体の習い事であれば喜んで通わせるが、娘のやりたい科目に限って、無かったり、社会人が主たるターゲットであったりするのである。

頭の痛い問題である。