nicesliceのブログ

子供を見るか、子供の視線のその先を見るか

『自分の時間』って何?

「子供が生まれると自分の時間が持てなくなる」。
誰もがそう口を揃える。
ここで言う『自分の時間』とは、一体どのような時間を指すのであろうか。
映画を観る時間?
美容院に行く時間?
小洒落たカフェでランチをする時間?
それともゲームをしたりプラモデルを作ったりといった、趣味に没頭する時間?
私も出産前、ここで言う『自分の時間』とはそういう時間を指すものだと思っていた。
しかし違った。
そういう時間が取れなくなるのは勿論である。
しかし、もっとミクロな、トイレに行く時間、歯を磨く時間、シャワーを浴びる時間、食事をする時間、目の前にあるゴミを自由に拾う時間、そういう時間がここで言う『自分の時間』だったのだ。
そういった時間が軒並み取れなくなるか、取ることが大変難しくなるのだ。
歯を磨いている間に、2回も3回も、「おかあさーーーーん!」と呼ばれ、その度に中断する。
トイレについてくる。
鍵を掛けるとわぁわぁと喚きながらドアを叩き続ける。
PCを開けば、膝に乗りPCをバンバン叩く。
席を移動すればどこまでも追いかけてきて、やはり膝に乗りPCをバンバン叩く。
子供の食事 → ぐっちゃぐちゃの後始末 → シャワー → 着替えさせ をやっと終え、自分の食事を始めると、「それちょうだい」とやってきて全てやり直し。
夜は子供達に両脇をガッチリと固められ、ギュウギュウと押され挟まれ、寝返りも出来ない。

しかし。
私の二の腕を掴む手はちいさく、押し付けられた頬はもちもちだ。

数十年後、時間を持て余し、孤独な死の床にある私に、超常的な存在が言うのだ。
「ほんの少しの間、人生の一番幸せな瞬間に戻してやろう」と。
そうして戻されたのが、今の私だとしたら。
そんな想像をしながら、今日も闇の中で子供たちの頬をもちもちするのだ。