時々、不安や、怒りや、嫌な記憶に捉えられる。
具体的には、歩道で歩行者にベルを鳴らす自転車や、親の過去の言動に対する怒り、出先で遭遇した嫌な人に関する記憶、恥ずかしい失敗の記憶などだ。
そういうことを考えだすと眠れなくなる。
何故だろうかと思う。
私は今、仕事にも家庭にも概ね満足している。
現実的な悩みや不安が全く無いとは言わないが、冷静に対処すればなんとかなるだろうと思えるレベルに抑えられている。
ではなぜ、現実的な悩みが無いにも関わらず、わざわざ瑣末な悩みの種を、自分から探してしまうのだろうか。
一文の得にもならないのに。
若い頃、仕事に不満があった頃は、仕事について悩んでいた。
残業が多すぎるだとか、待遇への不満等、よくある事に悩んでいた。
あるいは、通勤電車で遭遇する傍若無人な振る舞いに神経をすり減らしていた(ギュウギュウの車内でメイクをする人等)。
専業主婦をしていた頃は、子育てや周囲との人間関係に悩んでいた。
子供の体重の増えがよくないとか、子供が寝ない食べないとか、大して知らない園ママから理由も分からず無視される等、今考えると大層どうでも良い事が心の重しになっていた。
また、どんな進路にも対応できるだけの教育資金と、子供に迷惑をかけないだけの十分な老後資金を果たして今後貯められるのかとか、正社員として再就職できるのかとか、出来たとして、フルタイムで働くことで子供達に負荷を掛けないかとか、そういう現実的な不安に囚われていた。
今、特に大きな悩みは無い筈だ。
いや、だからこそ、現実と何の関係の無い事に怒りを感じたり不安を抱いたりするのかもしれない。
不安や恐れとは、危険への備えである。
怒りとは、防御反応である。
人は、それらマイナス感情を一切感じない状況に耐えられないのではないか。
不安が無いということは、危険への備えが出来ていない、ということであり、これは、長い生物の歴史の中ではあり得ない状況である。
サバンナで何の不安もなくゴロゴロしていたら、やられる。
私の、動物としての防御意識が、何としてもどこかから不安の種や仮想敵を探し出し、『こいつは危険だ! こいつは危険だ!』と、『警戒してる感』を頑張って出しているのではなかろうか。
自分と並べるのはおこがましいが、秦の始皇帝も、全てを手に入れて尚、死への不安に取り憑かれ、不死を求めて身を滅ぼした。
始皇帝だけではない。
古今東西、多くの王や権力者たちが、栄華の中で不安に取り憑かれ、道を誤ってきた。
人はどんなに満たされても、どこからか不安を探し出してくるものなのだ。
ネット上で誰かを叩いている人たちがいる。
彼ら彼女らは、満たされていないから無関係の人を叩いているのかと思っていたが、存外、衣食住満たされて暇だから攻撃対象をわざわざ探し出しているのかも知れない。
リアルに明日をも知れない生活ならば、そんな事をしている暇は無い。
人は、不安から逃れられない。
であるならば、より安定した心を得るためには『健康的な不安』を持つしかないのかも知れない。
健康的な不安とは何か。
現実的で、対応策があり、家族等第三者の介在を必要としない自分の行動のみにより事態を改善できる不安、である。
例えば自分なら、スキルが停滞したら失業するかも知れない、という不安を設定する。
この不安は現実的で且つ、自分で行える対応策がある。
勉強である。
対応策にどれだけの実効性があるかは不明だが、具体的に行動することによって不安は和らぐだろう。
解決に家族等第三者の介在を必要とする不安設定はよくない。
なぜかと言うと、配偶者であれ子供であれ、他者を変える事は出来ないからである。
例えば、将来の不安に備えて世帯収入を増やそうとしたとして、配偶者の収入を増やすのは、自分の努力では難しい。
自分の努力で増やせるのは自分の収入だけである。
だから、『夫の収入が不満』とか、『妻が親の介護を拒む』とか、『子供の生活態度や学習態度が良くない』というのは、現実的ではあるけれども、健康的な不安とはいえないだろう。
自分の努力が介在できる余地が少な過ぎ、それでもなお介在しようとすると相手への過干渉となるからだ。
そう考えると、なんということか。
私が現実と無関係の瑣末な事をせっせせっせと掘り出してきては不安や怒りを感じているのは、どうやら、私が現状に満足してしまっていて上を目指す意識に乏しいからだと判明したではないか。
現状への満足と怠惰は人を無駄に不安にするというわけだ。
それでもなお、現実と関係ない、どうでも良いマイナス感情に囚われてしまったら、こう唱えることにしよう。
「他に考えるべき不安が無いなんて、平和なんだなぁ、私」
と。
ネットで誰かを叩きたくなる人はこう唱えると良いのではないか。
「現実で攻撃したくなる相手が身近に居ないなんて、幸せだ」
始皇帝にはこう言って欲しい。
「もう死しか怖いものがないなんてラッキー!」
歴代のロマノフ皇帝はこうだ。
「暗殺を恐れるようになるなんて俺も上り詰めたわー」
あ、ごめん、歴代のロマノフ皇帝はその不安捨てちゃダメなんだったわ。